会社への損害賠償金を退職金から引くのは違法
社員が故意、または過失で会社に対して業務上甚大な損害を与えた場合、会社は懲戒処分とは別に、社員に対して損害賠償請求を行うことができます。その場合、損害全額を賠償させることは、信義則上難しいとされ、特に過失によって起こった損害の場合は、相当に減額された金額が請求されます。社員の故意による着服や横領などによって損害が生じたときは、会社は社員に対して、着服横領したお金を全額返済するように求めることも起こり得ます。
このような懲戒解雇の場合でも、就業規則に退職金規定があれば会社は解雇した労働者に支払をする義務があることになります。とはいえ、会社は労働者に対して返済を求める債権を持っている状況。「どうせ足りないことは分かってるんだから、退職金を賠償の一部に充ててやれ。」と、退職金を渡さない、あるいは、一部を賠償にまわしたら問題があるでしょうか?
民法では、確かに「借金と貸金の両方がある場合は、両方を差し引きして、残った分だけを払っても良い。」という決まりがあります。これを相殺といい、この場合、会社から見て、借金は退職金、貸金が賠償請求中の損害ということになります。これだけ見ると問題がないように見えますね。
しかし、労働基準法では、「賃金全額払いの原則」によって、雇主(会社)が労働者に渡す賃金は全て「全額」渡さなければならないと定めています。
従って、例え労働者が会社に対して損害賠償という借金を持っていたとしても、それはそれとして別に請求し、退職金は就業規則に従って払わなければなりません。
このような自分に明らかな落ち度や、刑法に当たる犯罪を行った場合は、まだ良いでしょうが、近年増えているのは「営業成績が良くない」「業務遂行能力が不足している」ともっともらしい理由をつけて、懲戒解雇へ持ち込み、「就業規則で懲戒解雇では退職金は出ないから。」と、退職金の不払いをするケースです。
会社が懲戒解雇の場合の退職金減額規定を定めている場合でも、その範囲は制裁措置の基準以上にしてはなりませんし、ましてや、全額不払いはもってのほかということになり、強行規定によって排除されます。